あいであのーと4

われわれ自身がいつも経験している精神現象と、物理世界に確かに存在する脳―主としてニューロンとグリアからなる集合体、およびそれを基盤に発生する電気的活動―を、重ねて考えるとき、いつも気になるのは「自由意志」の可とするか否とするか、である。

精神の側から見て「自由意志」は明らかに存在する、と主張するのはひとまず納得できる。
しかし、無視してはならないのはわれわれのいかなる思考も時間に束縛されている、ということである。

いかなる思考にもいくばくかの瞬間が必要である。

思考はニューロンの活動の一種であるというならば、電気的活動がいくつかのシナプスを越えるのにかかる時間なしには思考することができない。また電気的活動が物理学によって記述可能と考えられる。このことを考慮すれば、精神世界の側から見ても、やはり「自由意志」はないといわざるをえない。人間の能力には無限の可能性がある、と主張したところで、考えるには時間が必要である。むしろ、「自由意志」は人間の思想や創造の自由性を指しているように思う。誰の精神的活動も他人の精神的活動からは自由である、誰の意志の影響も受けず人は意志する、とでも言う方が「自由意志」の本質をあらわしている。