選択公理のパラドックス?

上記の話に関連した事項をwikipediaで見つけた。それは選択公理(→Wikipedia)だ。


集合論を語るときによく用いられるZF公理系に

選択公理: X をそのどの元も互いに交わらないような空集合でない集合とするとき、X の各元から一つずつとってきたような集合が存在する。

を加えた、ZFC公理系を用いることが多いようだ。一見当たり前の公理だが、選択公理を認めてしまうと、バナッハ=タルスキーのパラドックスなどいくつものパラドックスを生むらしい。今回の話はこのようなパラドックスの1つなのかもしれない。

ではどこに選択公理を用いていたかというと、
③におけるBからCの作成だ。Bの各元について積の計算を行うことはちょうど「各元から一つずつとってきたような集合」を作ることに相当する。仮に選択公理が認められないとすれば、この操作は不可能である。つまり、

B = {φ, {2}, {3}, {2, 3}, {5}, {2, 5}, {3, 5}, {2, 3, 5}, ...}

から各元について、その積を加えた新たな集合をつくり、

B'= {{{φ}, 1}, {{2}, 2}, {{2, 3}, 6}, {{5}, 5}, {{2, 5}, 10}, {{3, 5}, 15}, {{2, 3, 5}, 30}, ...}

とすると、B'→Cの操作は選択公理に相当するのではないだろうか。

③の変換では、Bにおいて異なる2つの元が、Cにおいても異なる元である事は保証されるのであたかもBとCで相同性が保たれているように見えるが、各元がまったく同一というわけではない。もちろん、選択公理を真とするならBの各元を自然数で置換することが許されるので、B→Cの変換により\aleph_0\aleph_1が1対1の写像で結ばれることになる。

この話で、選択公理を認めてしまうと、一定の順序で列記可能な集合は全て濃度\aleph_0全単射の関係であることになる。全ての元が異なる事をタテにして全て異なる自然数で置き換えてしまう、ってコトですね。具体的には\aleph_0の冪集合*1は全て\aleph_0全単射の関係。っておいおい本当なのか??…汗


やっぱ選択公理の解釈を誤ってるような気が〜 素人ですからお許しを(;´Д`)  誤りを指摘していただけたら訂正いたします。(てか、\aleph_0\aleph_1全単射とか言ってる時点で絶対間違ってますので、良い子の皆さんは本気にしないで下さいね笑)

*1:つまり冪集合の各元について、もとの集合の各元が含まれるかどうかを2進風に表示して、0000..., 1000..., 0100..., 1100..., 0010..., 1010..., 0110..., 1110..., という風に辞書式に描き並べて考える